イタリア通信040:ロッカールームの出来事

(01.1999)



 イタリアでは、サッカーチームにとって最も「神聖」な場所は、ピッチではなくロッカールームだといわれる。外部の人間が足を踏み入れることのできない唯一の場所。プレーヤーとしてだけではなく、生身の人間としての選手と監督が、文字通り赤裸々に直面し会う閉ざされた空間。「聖域」とさえ呼ばれるこの場所は、しばしばひとつのチームのシーズンを左右する大きな「出来事」の舞台となる。

 通常それは、外部の人間には伺い知れないところで起こるから、マスコミで伝えられることは非常に少ない。しかし、時には当事者である選手や監督の口を通して、その一端がうかがい知れることもある。

  シーズンオフに大きな補強をし、優勝候補に挙げられながらも、序盤戦は足踏みを続けていたパルマ。それが、この6試合を5勝1分で走り抜け、前半戦をあと1試合残したこの時点で、ついにトップのフィオレンティーナに追いついた。この大躍進の大きなきっかけとなる「出来事」の舞台となったのは、まさにそのロッカールームだった。
 
 「それ」が訪れたのは、10月25日のペルージャ戦で「惨敗」(スコアは1-2だが内容はそれ以上に悪かった)した翌々日のこと。オフの月曜日が明けて練習場のロッカールームに集まった選手たちは、練習そっちのけで、今シーズン、フィオレンティーナからパルマに迎えられた若い監督、アルベルト・マレサーニに詰め寄った。チームリーダーの1人、ディノ・バッジョはその時のことをこう振り返っている。

 「我々が監督のことをどう思っているか。彼のやり方のどこが気に入らないか。練習のやり方から選手起用まで、全員が思っていることを残さず口に出し、わだかまりをすべて吐き出した、という感じだった。それまで、監督との対話はあることはあったけれど、1日に10分か15分、それもほとんど向こうが一方的にしゃべるだけ。空虚で無益だった。監督が話し、決める。選手はそれを聞き、いわれたことを黙ってやるだけ。しかも納得できないまま、というのもしばしば。息が詰まるようだった」

 事実、それまでのマレサーニ監督のやり方は、練習中の私語禁止、選手は監督が決めたメニューを真剣にこなせばいい、という厳格なもの。キャノンの社員から転身して指揮を執った弱小クラブ、キエーヴォ・ヴェローナをセリエC1からBに引き上げ、そこから大抜擢されたフィオレンティーナでも期待以上の成績を収めたマレサーニは、真面目一本槍の勉強家。自らのメソッドに自信と確信を持つだけに、それに頑なにこだわる部分も少なくなかったようだ。すべての選手にチャンスを与えるために、毎試合メンバーを変えるターンオーバーにこだわったことも、主力選手の反発を買った。

 「私は、どちらかというと引っ込み思案で自分に閉じこもるところがあるが、率直で正直な人間だし、自分の信念にはとことんこだわる。しかし、パルマに来て選手たちと向き合った時に、情熱を持って自分の仕事に取り組むだけでは不十分だということを理解させられた。選手たちは、監督の言っていることをいつも100%わかっているわけではない。むしろ、その逆の方がずっと簡単だ。あの時、まず私が彼らのことを理解しようとしなければならない、決してその逆ではないのだということがよくわかった」(マレサーニ監督)

 ロッカールームでの2時間に渡る「真剣勝負」で、折れたのは監督の方だった。しかし、これをターニング・ポイントとして状況は一変する。マレサーニ監督は、練習のやり方を変え、選手との対話に努めただけでなく、レギュラーメンバーを固定して戦うようにさえなった。それまでの6試合で2勝3分1敗、7位にとどまっていたパルマは、その後の10試合を7勝2分1敗で走り、今では誰もが優勝候補の最右翼にその名前を挙げている。

 「あれから、チームの雰囲気はがらっと変わった。以前よりもずっとリラックスして、同じ練習を楽しみながらできるようになった。あいつ(注:マレサーニ)は優秀な監督だ。チームを掌握する力を持っている。でも、それを理解するためには、ああいう機会が必要だった。今は監督が我々の仲間であることが実感できる。ピアチェンツァで4点目が入った時の喜びようを見たかい?」(D.バッジョ)
  
 サッカーはチームスポーツ。選手の技術的な質や監督の戦術といったテクニカルな要素だけでは割り切れないヒューマンな側面を持っている。というよりも、それをどのようにマネージするかに、チームの運命がかかっていると言ってもいいかもしれない。なにしろイタリアには「スクデットはロッカールームで勝ち取るもの」という言葉さえあるくらいなのだ。 
 

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